物質化する音波

  ある日、音が世界から消えた。原因は不明。代わりに、音は目で見えるようになった。大きな太鼓を鳴らすと、太鼓から大きな重たい石が出てきて床に落ちるとパッと消えた。手を叩くと伸縮性をもった細長く柔らかそうな束が手からこぼれた。声を出すと口から文字が、その人がまさに話している言葉が流れ落ちた。音楽鑑賞とは楽器やスピーカーから出てくる物質の美しさを鑑賞するものとなった。話はそれだけでは終わらない。
 目が見えない人は聴覚さえも失われたことになる。しかし音が消えたあと、どうやら彼らの視力が回復しつつあるらしいことが分かった。まず物質化した音、それから、かつて見えていなかったものが、見えるようになった。彼らの視力は驚くほどに進歩を始め、ついには見えないものさえも見えるようになった。例えば紫外線や赤外線、箱の中のものやある人が隠しておきたかった過去などなど。しまいには、存在が信じられていないものさえも実は存在していて、それが今まさに眼前にあるのだと主張する者さえ現れる始末だった。目が見えていた人々は戸惑うばかりだったがそのうち彼らもそう言っていられなくなった。
 かつては目が見えていた彼らの視力が急速に失われつつあったのだ。まず音以外がぼやけてかすれて霧散した。その後音はどこにも現れなくなった。完全に目が見えなくなった人々はその後自分がどうなったか理解できなかった。