2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧

植物園内

深夜。 電車の運行が止まるころ。 要塞の柱のような骨組みが作るビニールハウスの中。 淡い紫、夜明け前を思わせる花が咲いていた。四センチほどの大きさ、外側の花弁が大きく開いており中央は螺髪のように小花が集まっている。スカビオサは病んでいた。「儚…

物質化する音波

ある日、音が世界から消えた。原因は不明。代わりに、音は目で見えるようになった。大きな太鼓を鳴らすと、太鼓から大きな重たい石が出てきて床に落ちるとパッと消えた。手を叩くと伸縮性をもった細長く柔らかそうな束が手からこぼれた。声を出すと口から文…

進歩的な人間による述懐

まあ聞き給え。私は人間がどのように生きていくのが望ましいのかこれまで考えてきた。え、人間の定義は何かって?いい質問だね。まあとにかく私はよりよく生きていたいからね。きちんと考えるわけよ。哲学書だって一っ生懸命読んだよ。古今東西食わず嫌いな…

無題

ダンスミュージックで体を動かす時計 回り続ける子供 階段を昇り降りし続ける二つの天秤 けたたましく鳴り響く電子音楽、重低音が一定の間隔を刻み、お決まりのフレーズをひたすら繰り返すだけの空間。過剰なまでに多くの色が降り注ぎ、せわしなく動き回りな…

フィクション的人間観察

観察している人物を仮にA氏とする。 A氏の一日はひどい頭痛とともに始まる。頭をすっきりさせようと蛇口をひねるとぼとぼとと流れ落ちる蛙。コップで受け止め蛇口を締める。別のコップに持ちかえて、改めてひねると水が流れる。水はのどへ流し込み、蛙は飼…

α₋ω

冬の昼下がり、太陽の光を吸い込む柔らかい砂の上に、影のように黒い猫がいた。手足を丁寧に体の下にたたみこみ、全身の毛を逆立て微睡みの中にいる。空からどろりとした手の平ほどの塊が落ちてきて逆立てた毛が静かにたわんだ。塊は無色透明で、ちょうど液…